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横浜地方裁判所 昭和52年(ワ)2023号 判決 1983年9月30日

原告

小泉勝也

右訴訟代理人

檜山雄護

成田光子

馬場一廣

杉政静夫

龍博

被告

相馬元治

右訴訟代理人

大谷喜与士

佐藤克洋

山本英勝

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は、原告に対し金六〇〇万円及びこれに対する昭和五二年四月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  主位的請求

(1) 原告は、昭和五一年九月一八日株式会社日好興業(以下、日好興業という。)に対し、金六〇〇万円を弁済期同年一二月七日、利息年一割五分、遅延損害金三割の約定で貸付け、右債権担保のため、日好興業との間に、同社が吉井哲男から譲受けた別紙物件目録記載の土地(以下、本件土地という。)につき抵当権設定契約をした。

(二) そこで、原告は、右同日司法書士である被告に対し、右抵当権設定登記申請手続を委託すると同時に、右登記手続をなすに必要な手続、すなわち吉井哲男所有名義の横浜市神奈川区三枚町字帷子坂三六三番一の宅地340.49平方メートル(以下、旧三六三番一の土地という。)から本件土地を分筆する登記申請手続及び本件土地についての右吉井から日好興業への所有権移転登記申請手続をあわせて委託した。

そして、これらの申請手続に必要な書類として、旧三六三番一の土地についての横浜地方法務局神奈川出張所昭和五〇年六月一一日受付第三八二四五号合併による所有権登記済証(以下、本件権利証という。)のほか、吉井哲男の被告に対する登記申請委任状及び同人の印鑑証明書、日好興業の被告に対する登記申請委任状、同社の印鑑証明書及び資格証明書、並びに原告の被告に対する登記申講委任状を交付した。

(三) ところが、被告は、原告に対する右委託義務に違反し、昭和五一年九月一八日、原告の承諾を得ないで、本件抵当権設定の登記義務者である日好興業の代表取締役管野次男の要求に応じ、前記交付した登記に必要な関係書類を同人に返還し、更に、被告は同年一二月二八日、右管野からの依頼に応じて、分筆された本件土地につき、横浜地方法務局神奈川出張所受付第九六四七〇号により吉井哲男から、星野国春への所有権移転登記申請手続をし、本件土地につきその旨の登記をなした。

(四) その結果、原告は、本件土地につき、前記抵当権設定登記をすることができなくなり、昭和五二年には債務者日好興業が倒産したため、原告の日好興業に対する前記金六〇〇万円の貸金債権の回収が不可能となつた。

(五) よつて原告は司法書士である被告に対し、両者間の登記申請手続に関する委託を内容とする委任契約の債務不履行に基づく損害賠償請求として金六〇〇万円及びこれに対する原告が被告に右支払を催告した日の翌日である昭和五二年四月八日から右完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(六) 仮に原、被告間に昭和五一年九月一八日旧三六三番一の土地から本件土地の分筆登記申請手続の委託がなかつたとしても、本件土地の抵当権設定登記申請手続は、右分筆登記手続を前提とするものであるから、原、被告間の本件抵当権設定登記手続に関する委託を内容とする委任契約は、右分筆登記を停止条件とするものであり、右登記は昭和五一年九月二七日になされているので、右期日の経過とともに効力を発生した。したがつて、被告は原告に対し、右期日以降速みやかに本件抵当権設定登記申請手続をなすべき義務を負うのに拘わらず、被告は前記のとおりその義務に違反し、原告に損害を負わせたものである。

2  予備的請求

(一) 仮に、原、被告間に原告主張の登記申請手続に関する委託を内容とする委任契約が成立していないとしても、被告の従業員萱島重昭は、原告と日好興業間に前記1の(一)記載の金銭消費貸借契約及び本件土地に対する抵当権設定契約がなされたことを知つていたのに拘わらず、原告から預つた本件権利証を原告の了解を得ることなく右管野に返還した。更に萱島は右管野らが昭和五一年一二月一八日頃本件土地について前記吉井哲男から星野国春のための所有権移転登記申請手続を委託されたが、その際右登記手続をすれば、原告のための前記抵当権設定登記手続が不可能となることを知つていたのであるから原告にその旨の了解を得るべきであるにもかかわらず、管野からの「既に原告の了解を得ている。」旨の説明を信用し、原告に真否を問い合わせる等確認の措置をとることなく、右登記申請手続を受託し、その旨の登記手続を了した。

しかして原告は、本件土地につき前記抵当権設定登記をなすことが不可能となり、その結果、原告は日好興業に対する貸金の回収ができなくなり、右貸金相当額の損害を蒙つた。

(二) 萱島の右行為は、被告の従業員として被告の司法書士としての事業の執行についてなされたものであるから、被告は原告に対し、使用者として原告の蒙つた前記損害を賠償する義務がある。

3  よつて、原告は被告に対し、主位的に本件土地について登記申請手続に関する委託を内容とする委任契約の債務不履行に基づく損害賠償として、また、予備的に不法行為の使用者責任に基づく、損害賠償請求として、金六〇〇万円及びこれに対する弁済期経過後である昭和五二年四月八日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実について

同(一)の事実は不知。

同(二)の事実中、被告が吉井哲男、日好興業の印鑑証明書等を預つたことは認めるが(但し、本件権利証を除く)、その余は否認する。

附言するに、日好興業の管野次男と原告が被告事務所を訪れ、本件土地について抵当権設定登記申請手続に関する委託の申込があつたが、被告の従業員萱島は、右登記には旧三六三番一の土地より本件土地を分筆する分筆登記が前提として必要なところ、被告では右分筆登記申請手続の委託事務を取扱つていないので、他の土地家屋調査士に依頼して分筆登記を完了させ、その後改めて申込をするよう右申込を断わり、管野らもこれを了解して持参した本件権利証を持ち帰り、したがつて被告は原告らからは、右登記申請手続に関する登記費用及びその手数料を受領していない。ただ、吉井哲男及び日好興業の被告に対する登記申請委任状、印鑑証明書等については、右管野が右分筆登記後に、再度依頼にくるので預つてくれというので、被告において預つたものである。

同(三)の事実のうち、被告が管野の委託により本件土地につき原告主張どおりの所有権移転登記申請手続を行い、その旨の登記をなしたことは認めるが、その余は否認する。

同(四)の事実は不知。

同(五)の主張は争う。

同(六)の事実は否認する。

2  請求原因2の事実について

同(一)のうち、萱島が被告の従業員として、管野からの委託により、昭和五一年一二月一八日頃、本件土地について原告主張どおりの星野への所有権移転登記申請手続を行い、その旨の登記がなされたこと、右受託に際し、萱島が管野の説明を信じ原告に何らの問合わせをしなかつたことは認めるが、その余は否認する。

同(二)の主張は争う。

附言するに、被告の従業員萱島は、原告と日好興業間の消費貸借契約書の作成及び金銭の授受には何ら関与しておらず、また、原告は、昭和五一年九月一八日、管野が本件権利証を持ち帰るのを承知して被告方事務所を辞してから、同五二年一月一〇日頃同事務所を訪れるまでの間、被告に何らの申し出もしなかつたのであるから、被告には原告が主張するがごとき過失は存在しない。

第三  証拠<省略>

理由

一主位的請求に対する判断

1  原告の主位的請求原因(一)記載の事実(但し、利息は月五分)については、<証拠>によつてこれを認めることができ、他に右認定に反する証拠はない。

2  次に、同(二)記載の事実のうち、被告が、本件権利証を除く、吉井哲男、日好興業等の印鑑証明書等原告主張の本件土地についての所有権移転登記申請手続および抵当権設定登記申請手続に必要な書類を預つたことは当事者間に争いがない。

しかし、被告が司法書士として、原告から本件土地について分筆登記申請手続の外に、右吉井から日好興業への所有権移転登記及び原告に対する抵当権設定登記の各申請手続に関する事務を受託したか否かにつき、当事者間に争いがあるので検討する。

(一)  確かに、原告本人の供述(第一、二回)、前掲証人深川、同十代田の各供述のなかに、被告が司法書士として右登記申請手続の事務を受託した旨の原告主張に添う部分はあるが、右各供述部分は、成立に争いのない甲第一及び第二号証、証人萱島重昭の証言に照らして措信できず、他に原告の右主張を認めるに足りる証拠はない。却つて、右証拠によると、次の事実を認めることができる。

(1) 原告は、日好興業の管野と共に、管野の指示で被告司法書士事務所を訪ね、右管野を介して、同事務所の事務員萱島重昭に対し、原告主張のとおり本件土地に対する吉井から日好興業への所有権移転登記及び原告のための抵当権設定登記の各申請手続の委託の申込をなすと同時に、原告主張のとおり原告と日好興業間の金銭消費貸借契約書(甲第四号証)の外に、本件権利証、吉井、日好興業、原告の被告に対する委任状等の右申請登記手続を被告が受託した場合に必要な関係書類を提出した。但し、右書類のうち原告の被告に対する委任状(甲第五号証)は被告事務所保管の用紙に原告がその場で押捺して提出した。

(2) ところが、萱島が右関係書類を点検したところ、本件土地を旧三六三番一の土地より分筆登記手続をする必要があり、なお、右登記手続に必要な地積測量図の添付もなく、被告司法書士事務所ではかかる場合の右登記手続を受託していないところから、右管野に対し、分筆登記手続が必要なこと、そしてその手続は他の土地家屋調査士に委託したらどうか、その手続完了後ならば、その他の登記申請手続は受託してもよい旨述べて、現段階における右所有権移転および抵当権設定登記申請手続の委託の申込を断つた。

そこで、管野は、萱島の説明を納得し、その趣旨に従つて、本件土地の分筆登記を他所に委託することとし、提出した右書類のうち旧三六三番一の土地を分筆した際につけられた分筆図面が綴られていた本件権利証のみをとりだし、その余の書類は、右分筆登記完了後に再度本件土地につき前記所有権移転登記と抵当権設定登記の各申請手続を委託したいので、被告事務所で保管して貰いたい旨、右萱島に依頼し萱島においてこれを了解し被告事務所で右書類を預るに至つた。

(3) その際、萱島は原告からの右登記申請手続の委託を右段階では断わつたことから、受託した場合には委託者から必ず受領する登記申請手続に必要な費用及び司法書士の手数料について、原告らに一切請求しなかつたし、また、原告及び管野からも、後日、委託する際に支払う旨述べただけで、それ以上の話は一切なされなかつた。

(二)  右事実によると、原告が管野を介して、被告に対し、本件土地につき原告主張のとおりの所有権移転登記、抵当権設定登記の各申請手続を委託するため申込をなしたことは認められるが、被告においてこれを受託したと認める余地はない。

3  してみると、原告の本位的請求は、原、被告間における本件土地についての各登記申請手続に関する委任契約、特に、抵当権設定登記申請手続に対する委任契約の成立を前提とし、その債務不履行責任を被告に問うものであるから、その余の事実につき判断するまでもなく理由がないといわざるをえない。

二予備的請求に対する判断

1 まず、被告司法書士事務所の従業員萱島が、昭和五一年一二月一八日、日好興業の管野からの依頼を受け、旧三六三番一の土地から分筆登記のなされた本件土地につき、吉井哲男から星野国春に対する所有権移転登記手続を委託し、その旨の登記を了したことは当事者間に争いなく、また原告は日好興業に対し金六〇〇万円を貸付けたことは前記一の1で認定したとおりであるが、前掲甲第四号証、原告本人尋問の結果によると、本件土地について、前記のとおり吉井から星野に所有権移転登記がなされたため、原告としては、当初予定していた本件土地につき右貸金担保のための抵当権設定登記をすることができなくなり、さらにその後日好興業が倒産したため、原告の右貸金の回収が不可能となり損害を蒙るに至つたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

2次に、原告は、右損害は被告の司法書士事務所の従業員萱島の過失による不法行為に基づくものである旨主張するので、以下検討する。

(一)  まず、原告は、萱島が原告の了解を得ることなく本件権利証を管野に返還したことは、仮に、原、被告間に本件登記申請手続の委任契約が存しないとしても、萱島の過失といわざるを得ない旨主張するが、前掲証人萱島、同十代田の各証言、原告本人尋問の結果によると、本件登記申請手続の委託の申込は、管野を介してなされたものであり、その際、本件権利証を萱島に提出したのは管野であることを認めることができるのであるから、その場で委託を断わつた萱島が管野の要求に応じて本件権利証を同人に返還したからといつて、萱島を批難すべき理由はなく、かかる場合に萱島として、右返還につき、原告の了解を得なければならないとする原告の主張は採用の限りでない。

(二)  次に、原告は、萱島が原告の了解を得ることなく、前記の吉井から星野に対する所有権移転登記申請手続を受託し右手続をなしたことは萱島の過失による不法行為である旨主張する。

ところで、司法書士が不動産の登記につき登記権利者及び登記義務者から登記手続に関する委託の申込を受け関係書類の不備等のため、一応委託を断わつたが、右不備が是正された時に新たに右委託の申込を受託する意図の下に関係書類の一部を預つた場合において、後日、申込者の一方である登記義務者から、右申込の趣旨に反し登記権利者の権利を害するような登記申請手続の委託の申込があり、これを受託するには、必ずしも原告主張のように右登記権利者の同意ないし了解を要するものではないが、諸般の事情によつては、登記権利者に対し右事情を通知し、その権利の阻害されることを未然に防止せしめるべき信義則上の注意義務を負うに至ることも、これまた否定できないところであり、本件については、かかる観点より以下考える。

(1) 確かに、<証拠>によると、萱島としては、原告と日好興業間に金銭消費貸借契約書(甲第四号証)が作成され、(但し、前掲証人深川、同十代田、同原告本人の各供述中に、萱島が右貸付金の授受を現認していた旨の部分があるが、これは前掲証人萱島の証言に照らして措信できず、また、原告本人供述中(第二回)にも、金を袋に入れたまま管野に渡した旨の供述部分があることに照らしても、萱島が原告、管野間における貸金の授受を現認していたとは認め難い。)その担保のために本件土地に抵当権設定登記をする目的でその手続を委託するため、原告が被告司法書士事務所を訪ね、いずれ本件土地の分筆登記完了後は右登記申請手続を、新たに受託することを承知して、本件委託状等の書類を預つていたのに、この原告の期待に反して本件土地につき前記吉川より星野への所有権移転登記申請手続をし、しかも、右申請手続については、さきに預り保管中の吉川の原告に対する委託状及び印鑑証明書(甲第一一号証の三及び四)を使用してなされたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

(2) しかしながら、前掲甲第四号証、前掲証人萱島の証言によると、萱島が本件土地につき前記吉川より星野への所有権移転登記申請手続を受託したのは、当初の原告との抵当権設定登記手続の委託申込をなした管野の「原告との話はすべて解決ずみである。」旨の言動を信用したためであり、しかも右抵当権設定登記手続を必要とする、抵当権の被担保債権、すなわち、原告と日好興業間の金銭消費貸借における貸金六〇〇万円の弁済期が、昭和五一年一二月七日であり、右管野よりの新たな前記登記申請手続の申込時には右貸金の弁済期は既に到来しているのに、原告よりその後、何らの連絡のないことを認めることができる。

もつとも、前掲証人十代田、同深川、及び原告本人の各供述のなかに、同年一一月頃、被告事務所に本件抵当権設定登記の件で電話で問い合わせた旨の供述部分はあるが、しかし右各供述は、被告事務所に電話したのが誰であるかについて一致しておらず、更には、右各供述によると、問い合わせの結果、いまだ、本件抵当権設定登記が未了であるとの回答を得た旨述べているのに、金融業者である原告が、これに対し何らの手段も講ずることなく、未登記のまま本件土地を放置しているのは不自然であり、右各供述はそれ自体いずれも信用性が低く、前記証人萱島の証言に照らすと到底措信できない。

(3) 右の事実によると、被告の従業員萱島が本件抵当権設定登記の登記権利者である原告に対し、登記義務者たる日好興業より新たに前記認定どおりの登記申請手続の委託があつた旨の通知をすべき信義則上の注意義務が発生したとは到底考えられないし、他に、右注意義務を認めるに足りる証拠は全く存しない。

3  してみると萱島に不法行為責任があることを前提とする原告の請求「もこれまた、その余の点につき判断するまでもなく理由がない。

三以上の事実によれば、原告の本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(山口和男 高山浩平 野々上友之)

物件目録<省略>

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